ゲガルド修道院とアザト川上流域 (Monastery of Geghard)
ゲガルド修道院とアザト川上流域(ゲガルドしゅうどういんとアザトがわじょうりゅういき)は、アルメニア共和国にあるユネスコの世界遺産登録物件名. 登録は2000年. キリスト教・非カルケドン派のアルメニア使徒教会の修道院建築とその周辺地域を対象とする.
ゲガルド修道院 (Գեղարդի վանք、ゲハルト修道院 、ゲガルト修道院 、ギガルド修道院 などとも)は、301年に歴史上初めてキリスト教を国教と定めたアルメニアでも古い歴史を持つ修道院で、初期キリスト教時代にはすでに開設されていたと伝えられている. アイリヴァンク、すなわち洞窟修道院とも呼ばれ、院域のいくつかは岩盤を穿って造られた洞窟となっている. 修道院の名称である「ゲガルト」は槍を意味する言葉で、キリストの脇腹を突いた聖槍の一部がここで発見されたことにちなむ.
今日残っている中央聖堂は、1215年から1283年にかけて建設されたものであるが、僧院や礼拝堂、食堂などは、中央聖堂北側に接する岩盤を穿って造られ、天井はイスラーム建築のムカルナスの影響によると思われる鍾乳石装飾で覆われている. 僧院内には、十字架を彫った石盤がいたるところに設置されている.
ゲガルド修道院 (Գեղարդի վանք、ゲハルト修道院 、ゲガルト修道院 、ギガルド修道院 などとも)は、301年に歴史上初めてキリスト教を国教と定めたアルメニアでも古い歴史を持つ修道院で、初期キリスト教時代にはすでに開設されていたと伝えられている. アイリヴァンク、すなわち洞窟修道院とも呼ばれ、院域のいくつかは岩盤を穿って造られた洞窟となっている. 修道院の名称である「ゲガルト」は槍を意味する言葉で、キリストの脇腹を突いた聖槍の一部がここで発見されたことにちなむ.
今日残っている中央聖堂は、1215年から1283年にかけて建設されたものであるが、僧院や礼拝堂、食堂などは、中央聖堂北側に接する岩盤を穿って造られ、天井はイスラーム建築のムカルナスの影響によると思われる鍾乳石装飾で覆われている. 僧院内には、十字架を彫った石盤がいたるところに設置されている.
地図 - ゲガルド修道院とアザト川上流域 (Monastery of Geghard)
地図
国 - アルメニア
アルメニアの国旗 |
西アジアのアルメニア高原に位置し 、西はトルコ、北はジョージア、東はアゼルバイジャンと事実上の独立国であるアルツァフ共和国、南はイランとアゼルバイジャンの飛び地ナヒチェヴァンと国境を接する. 古代の文化遺産を持つ、複数政党制・民主主義の国民国家である. 同国は発展途上国であり、人間開発指数(2018年)では81位にランクされている. 経済は、主に工業生産と鉱業に基づいている. ユーラシア経済連合、欧州評議会、集団安全保障条約機構に加盟している.